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​社会貢献活動についての思い

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「社会貢献」などと申しますと、「何をご大層に」とおっしゃる向きもあるかもしれません。

しかし、わたくしは、ひととしてこの世に存在している以上、神様に生かされているわけでございますから、そのことについての感謝の気持ちのあらわれという意味での「献身」、すなわち、自分の出来る範囲内で(=無理のない範囲内で)、「自ら進んでする」という意味でのボランティア(この言葉本来の意味はそうでございますよね)、社会貢献をさせていただくほうがよろしいのではないでしょうか? という考えをもっております。

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アメリカの石油王、ロックフェラーは大富豪としてとても有名な方ですが、彼はまだそれほど裕福ではなかった頃から、所謂キリスト教でいうところの「十分の一税」をちゃんと納め続けてこられたそうです。

これが後に彼の富豪としての礎を築いたのではないか? といった意味のことを書かれた御本をわたくしはこれまでに何度か目にした記憶がございます。


つまり、ここで言うところの「十分の一税」の意義とは、すなわち、神様から与えていただいた御恵み、それをまるまる自分のものとして全部独り占めしてしまうのではなく、せめてその「十分の一」は自分以外の誰かのために「お福分け」しましょう、ということでございますね。

神様に生かされていることへの感謝、その気持ちのあらわれとして、世の中に少しお返しさせていただく、そうすることによって、神様から更なる御恵みを与えていただけるというものでございます。

ロックフェラーは若かりし頃から「十分の一税」の習慣を欠かさなかったから、後々、あそこまでの莫大な富を築くことが出来た、わたくしは過去に御本を通して、そうしたところのことを学びました。

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また、わたくしは、ソーシャルファシリテイターの中野裕弓(なかの ひろみ)さんがおっしゃるところの「 Social Wreath ソーシャルリース」という考え方に非常に共感いたしております。

この言葉の意味するところを、わたくしの言葉で簡単にお話しいたしますと、つまり、この世の中に、ひとつの大きな輪っか(ドーナツのような)が循環していると見立てて、その輪っかに自分の出来ること(提供できるもの・こと)をひょいっと結びつけることによって、やがてはそれがぐるぐるまわって、いずれ(自分が提供したものを必要としている)誰かのもとに届いていく、そうすることによって、無理なく、楽しい分かち合いが出来るのではないか? といった意味のことだとわたくしは理解いたしております。

詳しくは、中野裕弓さんのお名前と「ソーシャルリース」で検索をかけていただければ、ロミさん(中野さんの愛称です)のサイトのご説明ページがヒットすると思います。

そちらをご覧になってくださいませ。

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わたくしにとっての「社会貢献活動」は以上のような背景をもって、自分なりに理解いたしております。

今はまだ何か具体的に大きなことをさせていただけるわけではございませんが、少しずつ、自分の出来る範囲内で、その時々に心に自然と浮かんだことを、つたないながらも、そして、細く長く続けてゆけたら、と思っております。


そして、ゆくゆく、将来的には、”Thank You God for Your Mercy” (神様のご慈悲に心から感謝いたします)という名称の慈善活動のための財団をつくって(と、夢は大きく言っておきます)、主として、潜在的な能力が充分あるのに経済的な理由で高等教育の機会均等を得られない若い方々のためのお力になれれば、と考えております。

わたくし自身、奨学金で四年制の大学に進学させていただきましたので。

本来でしたら、我が家の経済状況では四年制はとても無理で、短期大学しか進学出来なかったはずでしたから。

そして、わたくしは常々、教育がどれほど大事かということを痛感いたしておりますので、主にこうした形で社会に貢献出来れば、と考えております。

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以上、わたくしにとっての社会貢献活動について、思うところのことを述べてまいりました。

皆様、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。

 

2016年春

 

Office Sorae (オフィス ソラエ)
夢咲璃い(ゆめさき りい)拝

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